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2018/08/30

局地的集中豪雨に出会った姫路の一日

青春18切符の旅第3弾・・・と言うほどでもないか?
第一弾は大阪天保山の海遊館。
第2弾は名古屋城ですから、旅と言うほどの物ではありませんね。

今回は、もう少し脚を伸ばして、兵庫県の書写山と姫路城に行ってきました。

8月28日 火曜日  曇一時雷雨のち晴

今回は道連れがあります。
一駅違いに住む友人を誘いました。
彼女に一駅分のチケットで私の出発駅まで来てもらい、青春18切符で駅の改札を通ります。
7:12発の 新快速に乗り込んだものの、平日の通勤時間帯なので京都までは立ちっぱなでした。
この日の予定は姫路城と書写山です。
私の気力では城見学の後に山を歩くのは無理だと思い、書写山を先に回ることにします。
姫路駅で下車し、向かいの建物 Qwell(喰え~ると言いたいのか?)に行きます。

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その1階、神姫バスチケット販売所で、バスとロープウェイの往復券を1400円で購入しました。
帰路は姫路城で下車しても構わないが、チケットはそこで回収されて後は使えないとのこと。

駅前からバスに乗り、姫路城を横目に書写山に向かいます。
10:45発車のロープウェイは、ほんのちょっとの乗車時間で山上駅着10:50。

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そこから、塔頭の並ぶ場所には30分程の登りの行程だそうだが、せっかくだから歩こうと決めました。
拝観料500円を納め、ゆっくりと足を運びます。
歩き出して直ぐに、祈りを込めてつく梵鐘「慈悲の鐘」がありました。
「宝くじが当たりますようになどという雑念はアカンで」と言いつつ、世界平和を願って鐘をつきました。

画像は、通りすがりの方でございます。
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摩尼殿(マニデン)まで、上り坂に汗びっしょりになりましたが、山の空気が爽やかで気持ちが良い汗です。
脚の悪い私でも、歩いて30分はかからない距離だったと思います。

11:20 メインの圓教寺、摩尼殿に到着です。
お参りし、その作りの見事さを堪能しました。
千年以上も前の人達の技術力は、今よりすごかったのではないでしょうか?

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ここから先を行くかどうか迷いましたが、頑張って前進する事に決めした。
道沿いに、植物の説明板などがあり安心して歩けました。
11:45 奥の塔頭群、「三つの塔」 大講堂、食堂、常行堂に到着。
966年に開かれたという書写山の建物は、全て木造で、柱の組み合わせ、屋根の棟木の精巧さに目を見張ります。
「火事になったら一発やねえ〜、気をつけなくては」とお喋りし、食堂の二階で涼をとらせてもらいました。

大講堂と食堂
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食堂(ショクドウ)ではありません食堂(ジキドウ)と読みます。
お坊さんの卵達が修行をし食事をした場所だったのです。

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山門に戻って、茶店で一休みし、山菜そばを頂きました。
こちらは、現在の食堂に間違いありませんでした。

12:40 発車の下りロープウェイに乗ると、途中から吹き降りの雨となりました。
下車して、神姫バスのバス乗り場に向かう時は、雨が小降りになり、傘もささずに済みました。
「私達ラッキーね」と言い合い、バスに乗り込んで、次は姫路城に向かいます。

ところが、またもや本格的な雨が、バスのガラス窓を叩き出し、雷もとどろきます。
「姫路城に行かれる方はここで降りて下さい」
と言う運転手さんが指し示す方向も雨で、よく見えません。
川のようになった道を渡って、目の前にあった建物の庇の下にとにかく駆け込みました。
そこは、城の入り口ではなく、付属する庭園「好古園」の入館口だったのです。
この雨では庭園散策も出来ないので、雨が小降りになるまで雨宿りをさせてもらいました。
お庭の拝観の終わった人達が、びしょ濡れで出てきます。
中には、裸足になってる人、フリルのスカートが雨で肌に張り付き下着がスケスケの若いお嬢さん。
せっかくの観光が台無しで可哀想でした。

14:00 雨が少し治まったので姫路城西口からお城に入りました。
たった300メートル先だったのに、さっきは方向の見当もつかなかったのです。
門を入ると、城の前の広場が川面のようになっておりました。
ゴミ袋はが庭石のごとく、水の中に取り残されています。
靴下が片方だけ、タオルハンカチなどが水に浮いています。
でも雨はやんだのです。
私達は元気を取り戻し、城を背景に記念写真にチャレンジしました。
城が影を投げているのは、雨によって出来た水たまりで、普通は乾燥した歩道です。

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そうこうするうちに、日も差してきました。
西の丸から、シルバーボランティアさんお勧めのビューポイントで写真を撮りなおしです。

確かに、素晴らしい撮影ポイントでした。

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本丸は6層に天守閣が乗っかっております。
東北から来てる団体ツアーの後ろについていたら、聞くつもりはないけれど説明が耳に入るのです。
階段の傾斜度は47度だそうです。
さすがの47度ですね、一層登るごとに、膝が痛んできます。
書写山を先に歩いておいて良かったとしみじみ思いました。
この城を回った後では、次に行く元気は残っていなかったでしょう。
下から見上げるとこんな感じです。

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大手門から出て、姫路駅到着が17時ちょうどでした。
この目まぐるしく変わる天候の中で、歩いている間はほとんど雨に降られなかったのです。
ロープウェイを下りる時間が30分後だったら運転ストップで私達は、山頂に足止めだったかもしれません。

「私達って、もしかしたら最強のふたりかも」
とい言い合い、駅前のデパートのトイレに駆け込みました。
どうしてかというと、上から下までお色直しです。
駅のトイレでは、ゆっくりしてられないので、人の少なそうなデパートの上の階を選んだのです。
持って着ておいた着替えを出し、汗と雨に濡れそぼった衣類を替えた後の心地よさ!
さあ、これで満点と駅の改札まで来て、17時発に乗って帰ろう!

掲示板に出ていた文字  運転見合わせ中  ガア〜ン!

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この日の雨は、局地的集中豪雨で関西各地で、交通マヒがおきていたのです。

こうなったら仕方がない。
駅前に出て、一筋二筋メインを外れた居酒屋を見つけ入りました。
口開けの時間に婆さん二人連れというのは塩を撒かれるかもと心配は無用でした。
ハイボール一杯99円、刺身五点盛り399円、エ〜というほど安くて美味しい店でした。
私のツレは、一人では食事の店に入れないという人です。
とても感激していました。これからは、こんな楽しみもしようね!

彼女はナマチュー、私はハイボール、刺身五点盛り二人分と、ナスのぬか漬け…
美味しかったですよ!

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お酒で出来上がっていては大変なので1時間ほどで切り上げ姫路駅に戻りました。
運転は再開しており、18:10の新快速が5分遅れでしたが出発進行。
京都まで、喋ったり眠ったりで、座って帰ることができました。
我が家に到着したのは21:10でした。
まだ、スポジムの締め切り時間21:30に滑り込める!
風呂道具を抱え走りました。
おかげさまで21:20
いい湯だな〜と大きなお風呂で手足を伸ばすことが出来たのでした。

明日の朝、起きて歩けるかどう・・・それは神のみぞ知るであります。
この日の歩数は23000歩でありました。


2018/08/25

ひまつぶしにひつまぶし

タイトルを漢字交じりで書くと  「暇つぶしに櫃まぶし」 です。

一人遊び第2弾!
19日の日曜日に、名古屋まで往復してきました。
メインテーマは、名古屋城を見て櫃まぶしを食べようでした。

名古屋城

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7:12の電車で出発。
山科乗換7:51米原行き新快速に乗り米原8番線下車 大垣着9:16。
乗り換えはホームが違っているのでかなり混雑しているていました。
4番線の豊橋行き特別快速で名古屋に9:58着。
大垣から名古屋までの車輌で隣になった男性は18切符利用で、新宿まで行くとの事。
43歳という若さだから出来るのですね。
2、3日ネットカフェに泊まって、また18切符で戻るとの事でした。
30分あまりの乗車の間、話し相手になってくれた。
その人のお母さんが1946年生まれの団塊世代との事。
「うちのオカアハンは家から出ない」と嘆くも、優しい息子だなあと関心。

名古屋駅に着き、人に尋ねながら地下鉄東山線に乗り換えます。
地下鉄に乗り換え二駅先の栄。また乗り換えて、もう二駅の市役所前で下車。
階段はお城の模様でした。

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外に出ると、城の入り口まで道が続いていました。
城の東門から入ってチケットを買い、何処から周ろうかとウロウロ。
ボランティアガイドさんと数人の人が歩いていたので、その仲間に入れてもらいました。
天守閣は石垣補修で入れませんでしたが、修復が完了した復元した本丸御殿を見せてもらいました。
ガイドさんから、部屋の用途、襖絵や天井の作り、金具や釘まで、いかに素晴らしい物であるかと教えてもらいました。

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組み格子の天井は、まだ絵を描き込んで行くとの事で、完成まであと数年はかかりそうです。
天守閣を木造にしようという案も出てるそうです。
まあ、これが最後だろうなあ思って見てきました。
名古屋に来たんだもの「暇つぶしに、櫃まぶしを食べよう!」思っていましたが、時間がなくなりました。
名古屋駅まで出て、店に入ろうか駅弁を買おうか迷い、櫃まぶし弁当を買いました。

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13:15発の大垣行きに乗り、お隣の席に人に断って、駅弁を味わいました。
隣の人は、神奈川から来た50台ぐらいの女性でした。
関東だったら、18切符で長野まで日帰りで行けますよハッパをかけておきました。
大垣での乗換は、結局はじめに予定しておいた14:10 発でしたが、人が並んでいて、15分早い電車で正解でした。
おかげで米原まで座れ、15:01の近江塩津行き各停に乗換、近江塩津で15:40の電車に。

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この電車が近江舞子までは各駅停車で、近江舞子から新快速になるのでした。
なんとかかんとか計画通りの時間で戻ってくることができました。
足も膝も腰もバンバンに張って、イタイタイタと内心呻きつつ帰宅しました。
私の足では1万歩が限界なのですが、この日は1万5千歩でした。

2018/08/23

さあて、人生一人遊びの時期が来たようだ

仏教およびヒンズー教には、人生には4四つの区切りという考え方があるようです。
きっと古代インドの人達の理想の人生観だったのでしょうね。

その四つとは

学生期 (がくしょうき)
  0歳~25歳 誕生してy人間としての生きる知恵をつけるための学びの時期
家住期(かじゅうき)
  25歳~50歳 社会人として伴侶を得て家庭を作り、仕事に励む時期
林住期  (りんじゅうき)
  50歳~75歳 仕事や家庭から卒業し林に庵を構えて
  自らの来し方行く末を深く瞑想する時期
遊行期 (ゆぎょうき)
  75歳~100歳 林(庵)から出て思うままに遊行して人に道を説き
   耳を傾け、人生の知恵を人々に授ける時期
(この区別は http://ncode.syosetu.com/n3501ci/ 古代インドの人生論。 林住期への道程から引用させてもらいました)

古代インドだったら、75歳って、超高齢者ではなかったのではと思うのです。
100歳にして遊行なんて、出来た人がいるのかなあ?

遊行が修行になったら、ちょっと辛いのでは・・・・私には、

頑張る yugyou-2 より yugyou-1 の方が良さそうです。

まあ、どっちにしても、この死生観は、男社会の発想でございます。
家にあろうが林の中にいようが、毎日のご飯は、どうするの?
買物は?洗濯は?・・・
女達には、人生を区切って遊ぶ暇はない、選択より洗濯だったのです。

が、時代も千年以上経ちました。
21世紀でも男女格差は続いています。
ですが、女性が一人で暮らしていても「何故?」と問う人は減りました。

夫が死んだら、一緒に火葬の炎の中に投げ込まれ葬られてしまうという国と時代がありました。
日本では、後家、又は未亡人と呼ばれて、髪を下ろし尼さんにならなければいけなかったとか・・

後家というのもあんまりな言い方ですが、
未亡人、まだ死んでない人=本来死んでるべき人って ひどい言葉ですよね。

まあ、女性が一人で生きているのが珍しくない時代になったのは確かです。
したがって、かっては考えることもなかった人生の区切りを女達も考え始めたのです。

今流行りの女性の終活という言葉は、この四つの区切りの内の、林住期、遊行期になるのかもしれません。

この私、まさに林住期のまっただ中、いえそろそろ遊行期に入りかけたかなと思う今日この頃です。

という大げさな前振りですが、最近、他人に合わせて遊ぶのが不得手になってしまったというだけのことです。
方向音痴で、地理感覚の無い私ですが、人に連れて行ってもらうより、ふらっと時間を決めずにどこかに行ってみたい。
ちょっとお~、それって、徘徊と言うのではないんかい?と言われそうです。

どこかに、しかも安く行きたくなって、青春18切符を購入してしまいました。
何という半端な時期。9月10日までに使い切らないといけません。
そこで往復で2150円を上回れば良し。
16日、大阪まで出て、環状線に乗って、地下鉄に乗り換えて、海遊館に行ってきました。
弁天町で地下鉄に乗り換えです。

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地下鉄とあるのに地上の線路だったので、間違えたのかと焦りました。

大阪港で下車すると、日本で一番低い山、天保山が目の前にあります。
それを横見にして、海遊館に向かいます。

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お盆明けの16日の午後3時というのに、大勢の人でした。
世界中から人が押し寄せてきているような感じでした。

入り口は巨大な透明トンネルになっているのですが、私には上だけしか見ることが出来ません。

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悠々と泳ぐエイの姿。目の前まで近寄ると、私と彼の目がしっかり合いました。
黄色い、冷ややかな目。

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もしかしたらお互い「美味しそうなタンパク質だ!」と思い合って交わした視線だったかも・・・

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エイは泳ぎ、人は働く。
この巨大な水槽を維持するためには、底の砂を、絶えずきれいに保たなくてはいけないようです。

瀬戸内の海、カリブの海、世界各地の海を模したパーツがありました。
イルカ君の回遊が上の階からでも下の階からでも見ることが出来ます。
いや、見ることが出来るはずなのです。
しかし、私の目の前には、巨大な人の背中の波が壁となって・・・見えない。
そうだ、小さい子達の様に、隅っこでしゃがみ込むと、ばっちり見ることが出来ました。
が、立ち上がろうとすると、ひ、膝が速やかに機能してくれません。
これが、遊行期の問題の一つなのであります。

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クラゲの水槽に群がる群衆。
私は思いました。
この地球上で、一番繁殖している生き物は、ヒトという動物であると・・・
人々は、クラゲの生態を見ているつもりかも知れません。
が、クラゲ君達は「何や、このけったいな動物たちは・・・メチャクチャ増殖してるやないか!」
そう思っているのではないだろうか。
この海月(くらげ)が売り物のコーナーは、暗室の中に、転々と水槽が置かれ、換気が悪い。
世界中から集まった人々の体温と異なる肌の匂いが暗室に混ざり合い、私は気分が悪くなってしまいました。

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順路をたどって、ようやく日光の下に戻ってきました。

死ぬまでに一度行ってみたいと思っていた場所でした。
しかし、おそらく、もう行くことはないでしょう。
最初で最後や!
夏休み前に、この表現をならったはずなのに・・・何だったっけ?

Je ne me suis pas près de revenir.

「直訳すると、私はすぐには戻ってこない」 だけど、もう来る気にはならないという意味なんだそうです。

夏休みの間に復習をしようと思っていたのに、全くしていません。

ええい、やけくそや、遊び倒そう!
何しろ、私は遊行期の女なのだから・・・
2018/08/20

Office365の有効期限経過を無視したら

猛暑が幾分ましになってきました。
15日の朝、琵琶湖から登る朝日を見てください。

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湖のほほえみが、戦い疲れた私の心を慰めてくれます。

戦い。マイクロソフト戦争で負けてしまいました。

意地でも負けて溜まるかと思っていたのに・・・私も歳をとったのだわ!

ちょうど1年前、パソコンが駄目になって、富士通のFMVから東芝のノートパソコンに買い換えたのでした。
その時、パソコンでセットで入っていたのが Office Home &Business 2016 でした。
過去形で言ってますが、今も入りっぱなしです。
それにはオマケに Office 365と言う物が付いていて、しかも、それは一年間は無償で利用できるという物でした。
1年後は、継続しても良いし、継続しなくても良い

私は、数ヶ月使ってみて 1TBのオンラインストレージは必要は無い。
むしろ裏でバックアップ機能が働くので、パソコンの動きがとても遅くなり、邪魔もの以外の何物でも無いと分かりました。
無料で月に1時間の会話が出来るというスカイプも、今はしていません。
メールもOutlookは、アドレスはあるけれど、ほとんど使っていない。
私に必要なのは、ワードとエクセルだけなのでした。

と言うことで、8月に入る前から、「サブスクリプションの期限がもうすぐ切れます」
「8月○日で、終了します」とメッセージが届いても、更新する気が無いので、そのままにしておきました。
第一サブスクリプションなどと言われても、年寄りには何のことだか分かりませんよ。

切れても良いわと思っていたのに、先日、ワード、エクセルを開くと
ファイル名の後に、ライセンスのない製品 と出るのです。

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何を言うとんねん。私はちゃんと正規に購入してるんだよ。

このファイルの情報をあれこれクリックしてみると

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キーの入力もサインインもしてみましたが
どこから行っても最後に行き着くところは、6264円払え!
と言う場所でした。

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しかも8月22日以降は、エクセルの機能が、ほとんど無効になりますという文言も出てきました。
これって、ほとんど詐欺に等しいと感じる私です。

ネットで、アレコレ検索して対処方法を探したのですが、力及ばず・・・

下記の画面にある電話番号にもかけて見たのですが、自動音声の後に、「コードナンバーを入力してください」
プロダクトキーの控えは持っているけれど、コードって何なんだ?
有人の電話ではないので、そこから先には進めません。
こんなパソコンを買うのではなかったと今更後悔しても仕方がない。

マイクロソフトのくそったれめ!

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ものすごく悔しい思いで、購入手続きをいたしました。
こう言うのって、値段の問題ではないのです。
1TBのドライブが、消費税抜きだと一年間で5800円だから、相場としては安い方です。
しかし、この卑怯なやり方が、私は気にくわないのです。
でも、これ以上手間取っては、22日は、もう二日後です。
金にはならない仕事がそろそろ入りかけてくる時期だから、ワードとエクセルだけは使える物でないと行けません。

支払い手続きが完了して、しばしたち、ファイルを開けば、ライセンスのない製品の文字は消えていました。

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ああ悔しい!メチャクチャ悔しい!
この次は、もうWindowsはやめじゃ~ !!
絶対Macに変えてやるぞ~!

と、私のように思う人達が沢山出てくると思います。

今日は怒りの治まらぬ日です。
2018/08/14

一人の政治家の死に思う

夏雲が浮かぶ琵琶湖。

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13日、沖縄で翁長県知事の葬儀がとり行われたというニュースを見ました。
4500人余りの人に見送られ彼は旅立ってしまいました。
亡くなった翁長知事も、見送った多くの人も無念の思いに包まれている様に見えました。
こんなに早く亡くなるとは・・・

8日水曜日の昼,私のスマホにラインのNHKニュースが入りました。
翁長知事が辞任と見出しがあり、驚いて内容を見ると、昏睡状態とありました。
回復を願いつつ、帰宅してTVをつければ、すでに死亡のニュースとなっていました。

沖縄追悼式典で、やつれてはいたけれど、お元気に平和宣言を述べていた姿が忘れられません。
その時も、辺野古に米軍基地は作らせないと言う強い意志が伝わってきました。

そして思ったのです。
彼は真の政治家だったと…
政治家と政治屋の違いはなんなんだろう?

翁長氏は、かっては自民党員でした。
それがなぜ、自民党と袂を分かって統一沖縄として反権力の道を選んだのか?

私の勝手な考えですが、
日本の国家権力は沖縄を昔も今も捨て石としか見ていないと、あるとき気づいたからだと思います。

権力に中に入っていくら活動したとしても、この自民党、安倍内閣では救われようがない。
その時から、彼の本当の政治家としての活動が始まったのだと思います。

反基地を前面に押し出した県知事の出現は、権力側にしたら許しがたいものであり、想像を絶する圧力があっただろうと思います。
しかし、彼は一貫してぶれることがありませんでした。
たくさんの飴と鞭にさらされても、彼の心は揺れなかった。

彼の心の土台としてあったのが、沖縄民衆を踏みにじることを、これ以上許さない。
と言う気持ちだったと思います。
それが政治家としての信念であり、情熱の源だったでしょう。

政治家にとって必要なものは、情熱、持久力、判断力と何処かで見ました。

持久力は根性でしょうか?戦いは延々と続く、投げ出すわけにはいかない。
私の様に、一回デモに行ったら、帰って寝込んでしまう様では話になりません。
判断力、つまり賢くなくてはいけない。二つの選択肢がある時、何ヶ月も考えさせてくださいでは済まない。
それも、私には無理だな〜

私が思うに、一番大切なのは情熱ではないのか?
その情熱が何を土台とし何に向けられているか?
信念と言い換えることもできると思います。

翁長知事の情熱の土台は沖縄民衆とともに沖縄に人権を取り戻す事ではなかったと、私なりに思うのです。

これは、安倍晋三の政治姿勢と真逆の姿でした。

自分が権力者として上り詰め、歴史に偉大なる総理大臣として残る。
とおそらく今の総理は妄想してると思います。
安倍最終目的は、自己の栄光、自画自賛にしか過ぎない。
彼の頭の中には、民衆、国民、弱者というものは存在してない様に見受けます。

それは政治屋であって、政治家の姿とは、私には見えないのです。

翁長さんと言う、本当の政治家を無くしたことが残念でなりません。

これからますます活躍してほしい人だったのに……

彼の、ギブアップをしない姿勢は、志を継ぐ人々に引き継がれ、決して耐えることはない。

そう思いつつ、心よりご冥福をお祈りいたします。


2018/08/05

夏ボケしてるようです。

暑い、暑すぎる!
そのせいでしょうか、睡眠時間帯がどうもずれてきた感じです。
夜が眠れない、睡眠導入剤も効き目がなく朝まで起きてしまう。
すると夕方、猛烈に眠くなり、夕食を食べると、TVの前で、一眠りしてしまいます。
そして、起きて、台所の片付け済ませて、またウトウトするのですが、夜中を過ぎると眠れなくなる。

海外から戻ると時差ボケになると言われますが、季節がズレて、私は夏に時差ボケ状態です。
3日の朝のことでした。
朝日が登るのは、5時23分でした。

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ボーとし洗濯機を回そうとし、洗剤を入れたのは良いのですが、なんとそこは柔軟剤の投入口でした。

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アチャー、これやったのは2回目だわ!
そのまま洗濯機を動かすのはマズイよねと思って、説明書を引っ張り出して見ました。

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同じ過ちをする人がいるんですね。
安心感とともに、「この投入口って紛らわしいよね!」と怒りも湧いてきました。

いつの頃から、人類は柔軟剤を使うようになったのでしょうか?
私が子供の頃は、そんなものは無かったような気がしますが。
もっとも電気洗濯機自体がありませんでした。
かと言って、江戸時代に生きていたわけではありません。
たかだか、60年ぐらい前のことなんですけれどね。

その当時、お母さんたちは、タライと洗濯板で石鹸つけてゴシゴシと衣類を洗い干していたのでした。
今思えば、なんと凄い労働であったことか!


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それを思えば、暑からと言って怠けていてはいけないと反省しております。


明日から気合を入れよう!