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2018/06/29

梅雨の授業は地震の話で・・・

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先週23日の授業では、地震の話題で始まっていました。
私は少し遅れて到着したのでした。
地震 には、 tremblement de terre と séisme 二つの言い方があります。
tremblement de terre  が一般的な使い方で
séisme     は科学的、学術的な言い方だそうです。

そりゃあまあ、地面 (terre) が揺れる (tremblement )の方が、感覚的に受け付けますよね。

朝でしたから、道を歩いていた人、バスや電車に乗っていた人、私のようにダイニングで座っていた人。いろいろのようでした。

滅多にノートを取らない私が(書く字が汚くて後で読んでも分からないので)、珍しく、先生の書いた文字を書き写していたのです。
バラ姫様が慌てて 「それプラスじゃないですよ」と書いたノートを見せてくれました。
+de+ って何だろうと思いながら書いていたのですが・・・
tremblement de terre を省略して書いてあったのでした。
先生はパルドンって言ってくださるし、誰も、こんな私を馬鹿にしたりしないのです。
そりゃあ笑っちゃいますけどね・・・
こうして、私は、もうすぐ12年目を、このクラスで迎えるのでありました。

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J'ai senti le tremblement de terre(私は地震を感じた)
pas de problème(問題ない ) pas de dégat(被害無い)

地震があった Le tremblement de terre( le séisme ) a eu lieu
avoir lieu の複合過去 を使うそうです。

「友達の家はグチャグチャになったそうです」と私は言いたかったのですが、グチャグチャってフランス語はあるのか?

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sans ではなく sens (方向)がdessusドゥシュー、 (上に) dessousドゥスー(下に) なってしまう。
ひっくっりかえった=グチャグチャ
でも、これ発音が難しくて、私には使い分けられそうにありません。  

その他の話題は、カエルが交通を止めてしまった。

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crapaud (ヒキガエル) 写真の下に説明文がありましたが、amphibien(両生類)という言葉を使ってありました。
フランスの子供達は、小中学校の頃から、同じ言葉を何度も文章に入れないという訓練をさせられるのだそうです。
表現力豊かに育ちますよね。


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食品の無駄買がストップしようというフランス政府のポスター。
一番下にいるフランスのシンボルのMarianne(マリンヌ)はスマホを持っているようです。
21世紀バージョンですね。



さて、授業が終わって下校の時に、いつも自転車の先生が傘を差しての徒歩でした。

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上記のイラストは、下校のイメージですが、私たちは、まさかこんなではありません。
もっと大人の集団です。当たり前だけど・・・
こんな時代もあったのです・・・昔々ね。
「今日は自転車じゃないんですね?」と先生に尋ねると、ぽつんと聞こえたのが
「ジュビエイエ 」
私たちがポカンとしたので、改めてゆっくり発音して説明してくださいました。
Je viellis.
「僕も年やし」 
と言ったのでした。
vieillir   年をとるの一人称単数

そんなあ~!と私たちはビックリしました。

C'est comme notre professeur
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Je viellis.と言うなら、私というものがいるではありませんか?
でも、私が言うと真に迫りすぎて、皆引いてしまいますかね。
私にとっては、先生は、永遠の青年であります。

2時間目の授業内容にチャレンジしようとしたけれど、ここで力が尽きてしまいました。
2018/06/27

沖縄慰霊の日に思ったこと

6月23日 土曜日。
京都木屋町、めずらしく雨で人通りが少ない日でした。

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家を出るときは曇り空でした。

天気と時間を確認するためTVのスイッチを入れると「沖縄慰霊の日」の式典を映していました。
沖縄県知事翁長さんが、平和宣言をしてる所でしたが、私には時間が無い。
録画スイッチを入れて、帰宅して、改めてじっくりと見ることにしました。
帰宅して、夜にゆっくり改めて見たのでした。
そして思ったのです。

言葉は、それを発した人の心の色を放つと・・・

抗がん剤の投与治療中にもかかわらず、自ら出席して平和宣言を読み上がられた翁長さんの姿。
その姿と、宣言文に、不退転の覚悟を感じました。

沖縄県浦添市立港川中学生の少女の詩「生きる」の朗読。
何という感受性、何という知性、何という表現力!
汚れのない、まっすぐに現実と過去と未来を見据えて、堂々と暗唱する姿。
その詩の内容の素晴らしさに、なんども泣きそうになってしまいました。

その時目を閉じていた安倍首相は何を思っていたのでしょうか。
彼のあいさつは、きれいな言葉をふんだんにちりばめてある丁寧なものでした。
でも、まったく私の心には届いてくれません。
どうしようもなく遠い所からの声というか・・・どこがどうと、引用する気にもなれません。

でもあえて言います。2点だけが印象に残りました。
その1
「本年3月には、嘉手納以南の西普天間住宅地区跡地の引き渡しが実現し、跡地利用の取り組みが進んでおります。「できることはすべて行う」。引き続き、この方針の下、沖縄の基地負担軽減に全力を尽くしてまいります。」

つまり、出来ないことは出来ないからしません ちゅうことかい?

その2
私が先頭に立って、沖縄の振興を前に進めてまいります。

あなたが先頭に立ってるから、沖縄は苦しんでいるのではないのか?

沖縄慰霊の日 知事平和宣言(全文)
毎日新聞のサイトから

平和の詩「生きる」全文
毎日新聞のサイトから(動画付きです)

安倍首相あいさつ全文
朝日新聞のサイトから

多くの人々が、今の日本の政治に愛想を尽かしています。
あきらめてはいけないと、この少女の詩に、叱咤激励された気持ちです。
一部紹介させて頂きます。全文は上記サイトからどうぞ。

私は、今を生きている。

みんなと一緒に。

そして、これからも生きていく。

一日一日を大切に。

平和を想って。平和を祈って。

なぜなら、未来は、

この瞬間の延長線上にあるからだ。

つまり、未来は、今なんだ。

2018/06/22

部屋がユラリと動いて思ったこと

今朝22日の5時前の琵琶湖です。
雨続きでしたが、ようやく朝日が昇ってきました。

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18日の朝、皆さんはどうしていましたか?
いつもの私なら、朝食を食べているはずの時間でした。
でも、この日は、内科の定期検診に行く予定の日なので、朝食抜きでボーッとテレビを見ていました。

7:58 ユラユラと部屋が揺れ出しました。
「おっ、地震だ!この位置なら周りから倒れてくる物はないから、まずは大丈夫 」
何しろ、重たく高価な家具など一切無い我が家です。
地震に備えてではなく、単に金がないだけの話なのですが・・・

震度4以上かもと思っていたら、直後にTVで地震情報が流れてきました。
予想に違わずの震度でしたが、震源の大阪は震度6らしい。
地震直後は被害情報がはっきりつかめません。
「それほどの地震ではなかったのかな?」
と思いつつ、出かけなくてはいけないのでドアに鍵をかけ、外に出ました。
エレベーターの前まで行くと、ストップしていました。
11階から歩いて下りるしかありません。
トータル、154段・・・まあ、運動になるから良いいんです。
でも、この時間帯は、デイケアのお迎えの時間帯です。
非常階段を、ある人は車いすを抱え、また別の人はお年寄りを背負ったりして、大変だったと思います。

それでも、ライフラインに異常が無く、日常生活が脅かされなかったのは幸いでした。

1995年の阪神大震災の時と大きく違ったのが情報の早さだと感じました。
九州の親戚から、ラインで「大丈夫?」と入ってくる。
昼前に帰宅しましたが、エレベーターはまだ復旧していませんでした。
154段をエッチラオッチラ登ってうちにたどり着きました。

iPadでメールチェックをしたら、加入しているサークルのメーリングリストに、10人ぐらいの状況報告が入っていました。

メンバーの一人が「みなさん大丈夫ですか? ?」と問いかけると
それぞれが答えてくる。
「こちらは大丈夫です!」
「京阪電車に閉じ込められてます? 」
「道管が破裂して、洪水になってる道路があります。 外壁に亀裂が走ってる建物があります。ガスは止まってます。 水道は出るのに、水が売り切れです。」 etc

京都は、普段とあまり変わりが無いけど、大阪の高槻、茨城あたりは、かなり揺れたようだと分かりました。

神戸の地震の時は、職場の同僚の実家が、神戸の長田区で、電話をかけても携帯でも繋がらず、家族が震災地にいる人は、不安に駆られてるだけでした。
そして、西宮に家族の居る友達は、バイクで職場を飛び出し、3日ほど職場にも連絡無しの状態だったのを思い出しました。
実際に、震度の高い場所で、地震に遭遇したら、恐怖度は一緒だと思います。
でも、安否確認が速やかに出来るのは、ありがたいことだと思います。

この20年で、情報の共有化の速度の進化というものを、まざまざと感じました。

土壇場で、本当に必要なのは、ご近所の相互協力しかないと思います。

最近は、昔のようなご近所づきあいという関係は、ほとんど無くなっているとは思いますが・・・
昔って、どのくらい昔なの?
と問われたら、ちょっと困りますが、私のイメージの中では、ざっと50~60年前です。
ご近所に、母の作った総菜や、お菓子を 
「つまらないものですが、食べてください」とふきんを掛けた皿を持って行ってた頃。
ちょっと、古すぎますか・・・?

日常的に接触はなくても、私の現在住んでいる集合住宅の住人の大半は、非常事態になれば、助け合える人達だと感じます。

私は、今年の4月から、管理組合の役が、また回ってきました。
23年住んで、入居の年に1回目、10年以上経って2回目、そして今年が3回目です。
実質参加するだけで、月3日ほどの駐車違反点検が私の主な仕事です。
次は、もう無いよな~(高齢で引き受けるのはむずかしくなってるだろう)。
でも出来る間は頑張ろうと、末席を汚しましたが、役を担った理事さん達のまじめさには感心させられます。

最後の頼りは 人間力 それしかない。

この地震の日まで、もうお迎えを待つだけの日々を過ごす自分だと思っていたのです。

ちょうどこの前々日16日の日曜日に、亀岡で開かれたイベントで、モンベルのCEOの講演と、5人の山と岩の専門家達のシンポジウムを聴かせてもらいました。

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モンベルとは登山道具や汗の乾きの良い着心地の良い衣類のメーカーで、恥ずかしながら、私は、フランスの会社だと思い込んでいたのです。
山(montagne モンターニュ)と美しい(belle ベール)を組み合わせて社名にしてあるのだと思い込んでおりました。
だから、社長だったらフランス人と違うの?と勝手に思い込んでいたのです。

なんと、ほんまの大阪人でした。
お話が面白くて、いつまでも聴きたいと思ったぐらいです。

この方は1947年生まれで、もう70歳を超しているのですが、なんと気力体力知力に溢れた人であろうか!
と感心したのでした。
中学生の時に、学校の国語の教科書で、アイガー北壁登攀記を読んで、自分も登ろうと思い立ち、家に帰って、貯金箱にマジックで書いてアイガー貯金を始めた。
21歳で10歳年上のザイルパートナーとアイガー北壁を、21時間で登った。
岩の次は、カヌーをやり出して、世界中飛び回った話を聞きました。
優れた人間が持っているものは「集中力、持久力、判断力」
だそうですが、それだけでは足りない。
最後に必要なのは、とっさの 「決断力」 だそうです。

ああ、私には、どれもないものばかりです。

私の参考になるものって何かあるかな?
ありました。
言葉ではないのですが、その話す姿が「いくつになっても人間は夢を持つ能力がある」と語っていました。

このシンポジウムにコメンテーターとしてきている、他の2人の方も同年代かな思いましたが、みんな凄い!
でも、未来に向かって、夢を持って、会社を育て若者を育てている姿に感動をもらいました。

若さは年齢ではないと感じさせられたのです。

いや、心の若さはと言い直さなくてはいけないかも知れませんが・・・

年齢を超えて、心の若さで、世の中繋がりたいものだと思った次第です。

そうすれば、災害が起ころうと、経済が悪化しようと、助け合って生きていけるのではないかと・・・

この舞台では、老若男女で構成された和太鼓も楽しませてもらいました。

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一つの太鼓を二人で叩いていた小学1年ぐらいお兄ちゃんと4、5歳の弟さん。
一生懸命で、とても可愛らしい勇姿を見せてくれました。



2018/06/06

比叡山清掃登山で危うく自分が大型ゴミに

京都には、年に一度京都府下一斉清掃登山があります。

と言っても公式行事などではなく、京都府下の山岳連盟が、自主的に行っているもので、今年は6月3日でした。

「第50回 京都府下一斉清掃登山大会」   京都府山岳連盟HPより

18コースもある中で私たちの受け持ちコースは
 ケーブル比叡駅~瓜生山~北白川 でした。

ケーブルで比叡山口まで上がり、ゴミを拾いながら、北白川バプテスト病院前まで下りてくるというものです。
下りがメインのコースです。
「歩けるかなあ~?、でも、これを逃したら、また今年も参加できる例会はないだろうなあ?」
と思い悩みました。
当日になって、ドタキャンしても、私なら許されるだろうなどと不届きな思いも抱きつつ参加を申し込みました。
それに、この二日の宴会日で、あるメンバー私に言ったのです。
「歩けなくなったら、僕がおんぶしますよ。ぜひ行きましょう!」

酔っ払った弾みにエライことを口走ってしまいましたねTくん。
彼は、この一日中、背中に冷や汗をかきながら、私の後ろを歩くことになったのでした。

朝目を覚ますとベットから玄関まで新聞を取りにヨロヨロと歩いて一日が始まる私です。
《 痛みに負けたらお仕舞いだ 》と思って、いつも歩ております。

と言うわけで、この日も、山用の杖(ストック)にCWX(足の筋肉補強タイツ)で身を固め、よろよろと出かけました。

出町柳発の叡電の車両で、見慣れた顔に出会うと、さっそく小学校の遠足気分になります。

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ケーブルで比叡山を上がって、ここで、軍手とゴミ袋を渡されます。
みな楽々とゴミを集めています。

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しかしながら、私は、両手に杖を持つと、軍手すら邪魔になり、脚にまつわりつく空っぽのゴミ袋もうっとうしくなりました。
歩くだけで精一杯です。
ここでT君が 「よかったら僕がお持ちしましょうか?」
とゴミ袋を引き取ってくれたのでした。
私は何をしにここに居るのか?
でも、ゴミを拾えなくても、ゴミにならなければ良いか!
運命に身を任そう!と言うわけで、杖にすがって歩くことに専念させてもらいました。
山道は、少し登りがあり次にだらだらと下りでこぼこ道です。
まあ、これが、ごく普通の北山の下りなのですが・・・

私の前を歩くEくんは、この日の映像担当らしく、大きな三脚の上に、これまたどでかい一眼レフカメラを装着し、それを三脚ごと頭上に抱えて、ゆったりと歩いています。
私は一生懸命早足で歩いているつもりでした。
それなのに、ゆっくり歩いているEくんの背中がドンドン離れていき、やがて全く見えなくなってしまうのはなぜだ!

途中には、エゴの花やシライトソウを見かけました。
スマホに画像をと思っても、写真をとっていたら、ますます遅れるので、途中の画像はほぼありません。

シライトソウだけ撮せました。
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ランチタイムの瓜生山にたどり着いたら、前に歩いていたメンバーはランチの終わりかけでした。

ゴミには、こんな缶もありました。
現在は、もう販売してないのかな?
それより、足下にある缶はなんだ! 
もう呑んでるじゃないか!?

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北白川城本丸跡
よくもまあ、こんな所に城を作ったものだと感心しました。
もうちょっと下ると、茶屋四郎次郎の別荘の跡地がありました。
叡電「茶山」の名前は、「茶屋四郎次郎の山」→「茶屋の山」→「茶山」から来たそうです。
「あとどのくらいなの?」とのっぽのY氏尋ねると。
今はGPSというのかスマホで位置と距離を確認できるのですね。
それを見て「 もうすぐや」と答えましたが、私は、彼を信用しないのでした。
なぜなら、私の脚と彼のとでは、三倍ほど長さが違うから、油断は出来ないのでした。

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それでも、13:30に麓の神社に到着です。

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バプテスト病院前にたどり着いたのが13:50でした。

ここでゴミの仕分けをします。
ゴミを拾うどころか、ゴミとして運ばれるのではないのかと危惧していたのですが、なんとか自力で歩いてこれました。

ここで、T氏が、「お返しします」と、私のゴミ袋を返してくれたのでした。
この袋の中のゴミとならずに良かった!!

T氏も、私を担ぐことなく締めくくれて、さぞやホッとしたことでしょう。

ゴミを整理している間、脚を投げ出して座っておりました。
そして立ち上がろうとすると、左太ももの後ろが「 痙る~!」
揉んでほぐして、ホッとしたら右太ももの前が 「痙る~!」

でもこれは、太もも君が、膝をかばって頑張ってくれた証拠だと思うのであります。
太ももだけでなく、腰の両付け根も痛いぞ~・・・

とにかく早い終了時間だったので、大急ぎで帰りました。

帰宅したら16時でした。
「まだ間に合う。泳ぎに行こう!」
スポジムに走り、17時の終了時間ぎりぎりまで泳ぎました。
40分でバタ足とクロールで1キロ泳ぎ、少し痛みが緩和したようです。

ようし《今日はよく頑張りました》賞を自分にあげよう!

アルコール9%、糖質ほとんどなしのチューハイで、一人乾杯。

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トマト、塩クラゲとキュウリの酢味噌和え、ニンジン小松菜揚げの煮浸し、コンニャクの鰹節和え、鶏もも肉の燻製と水抜きカスピ海ヨーグルト
素焼きアーモンド、低糖質チューハイ、豚肉と野菜、トマトのチーズ鍋、

低糖質で頑張ってるんですけどね~
2018/06/01

麦秋とは初夏だったのか!

なぜかあっと言う間に、一週間が、一月が、過ぎ去ってしまいます。
やろうと思ってたことが、ほとんど出来ていない。
あれもこれも歳のせいだと言うと、「現在形で動かんかい!」
とLucie Aubrac (リュシー・オブラック)に怒鳴られそうですね。

リュシー・オブラックって誰だろうと思った人は、前回の記事を読んでください。

先週の授業の時に、「麦秋」 麦の秋という話をしたのでした。

l'automne des blés(麦の秋) 
などと言う言葉は仏語に存在しないと思いますが。

麦は秋に蒔いて、初夏に刈り入れるもの。
ところが、日本語の「秋」と言う言葉には
本来の夏と冬の間の季節という意味だけでなく
実りの秋から転じて、季節に関わらず収穫時期を秋と呼ぶことがある。

麦秋(ばくしゅう)とは麦の穂が色づく初夏を指す


いやあ~、恥ずかしながら、私は今までそんな意味だと気付いてさえいませんでした。

では、なぜ気がついたかというと・・・・

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我が家の近くを散歩していたのです。
あちこちに水をたたえた田んぼが見える。
「あ~あ、田植えの季節だな~・・・お百姓さん有り難う。」
などと感慨にふけってましたら、遠くの方に黄色に見える部分があるのです。
私は思いました 《耕作放棄地なのかしら?畑が枯れてしまってるのでは?》

日本の五月は、まずこの風景です。

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近づいてみれば、水気のない乾いた畑です。
「これって、もしかしたら麦かも?」
よくよく考えてみたら、私は、稲刈りは知っていましたが、
麦刈りは外国の名画「ミレーの落ち穂拾い」でしか見たことが無かったのです。
「日本の麦刈りって秋ではないのか?麦秋って言うやん?」

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それで納得がいかず、手に取ってみました。
抜き取ってはいません、持ってみただけですよ。

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粒が大きいような気がします。
小麦でなくて大麦なのでしょうか?

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その先まで歩いて、畑仕事をしていたご夫婦にお尋ねしました。
「最近は、どこも麦植えとらんですよ。守山あたりで作とるかも・・・」
ということで、一般的に作付けをしている家は少ないようです。

農業の高齢化で、耕されないまま放棄されそうな田んぼもあちこち見かけます。
でも、若い世代が、新しい取り組みとして、大麦生産に切り替えとか、そんな発想があるのかも?
最近、地ビール紹介などというTVを見たような気がしないでも・・・

何はともあれ、第一次産業が引き継がれていって欲しいなあ~
と、全く消費者に徹している私ですが、心の底から感じたのでした。

小津安二郎監督の作品で、 「麦秋」という映画がありました。

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名作と言われる、この映画のタイトルの意味も知らなかったのか!
このままでいけば、死ぬまで知らないままでいたことでしょう。
ああ、気がついて良かったなあ~・・・としみじみ思った私でした。

「小津安二郎と言えば、東京物語も良かったね?」
先生は、他にもいくつかタイトルをおっしゃってましたが、私たちはあまり知りませんでした。
先生の方が古い映画をよく知っているのでした。
これも、ちょっと恥ずかしかったですね。
日本の文化を見直そう!と思ったのでした。